JOURNAL ジャーナル

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美の起源:インプット編

皆さま、こんにちは。
rm55です。

だいぶ久しぶりの更新となってしまいました。
さすがに間があきすぎましたね。大変申し訳ございません。。

さて、気を取り直してまいりたいのですが、本日のテーマは「美の起源」です。

なかなか難しそうなテーマですが、私rm55が書く記事ですのでそんなに難しいものではなく、また深い内容でもございませんので、サクッと読んで頂ければと思います。

皆さんは人類最古のアートをご存知でしょうか!?
アートの定義は何?、と言われると困ってしまうのですが、ここでは“人類による美の表現”とでもしておきたいと思います。

そんな“人類による美の表現”であるアートですが、現存する人類最古のアートとしましては、約3万2000年前にネアンデルタール人によってフランス南部にあるショーヴェ洞窟に描かれた絵画だと言われております。

野生の牛や馬、サイ、ライオンなどの動物画が260点ほど、その総数は300点を超えると言われているようです。

どんな絵が描かれているのかを知りたい方は、是非ともgoogle先生に聞いて頂きたいのですが、人類がはじめて美を表現する上で選んだ対象が、身近に存在したであろう動物であった、と言うことは考えれば当然のように思われます。

身の回りにいた動物がヴィジュアルとしてインプットされ、そこで何かしらの解釈が行われて、ショーヴェ洞窟の壁画としてアウトプットされた。

つまり、美の表現たるアートと言うのは、「人の内部から自然発生的に生まれて来たもの」と言うよりは、「自然界からのインプットが起源になっている」とも言えなくもないわけです。

人はイメージしたものしか表現できない、と言いますね。

そういう意味では、イタリア人の仕立てる服と日本人の仕立てる服の雰囲気の違いには、これまで何を見て来たか、どんな環境で過ごしてきたのか!?と言うことも多少なりとも影響しているのかもしれません。

それは、仕立て服を「人類による美の表現」の一つとするのであれば、何を見て来たのか、何を感じて来たのかと言う、それまでの職人さんの人生における様々なインプットが、仕立て上げられる服にアウトプットとして表現されていると考えることもまた、当然のように思われるからです。

逆に言えば、仕立て上がる雰囲気の違いに国籍は関係なく、見てきたもの、過ごして来た環境と言ったインプットこそ、アウトプットされる、すなわち仕立て上がる服の雰囲気の違いに影響を与えるのではないかと。

美の起源はインプットにあり!?

ちょっと面白いテーマですので、また同じテーマで書いてみたいと思います。

手縫い文化の伝道師

皆さま、こんにちは。
rm55です。

本日のテーマは「手縫い文化の伝道師」です。

さて、私の個人のBlogにおきましても取り上げさせて頂きました、現在話題沸騰中の!?“Sartoria Sharon(サルトリア・シャロン)”。その詳細につきましては、私が関係者の方に直撃インタビューをさせて頂いた下記の記事をご覧頂ければと思います。
 

手縫い文化の伝道師!?:Sartoria Sharon(サルトリア・シャロン):前編
手縫い文化の伝道師!?:Sartoria Sharon(サルトリア・シャロン):後編

 
手縫いのスーツ、すなわちス・ミズーラ(ビスポーク)と言うのは、ある意味服好きにとりましては1つの“憧れ”的な存在でもあると思います。
 
私もその例にもれず、クラシックな服が好きになり始めた当初は、英国はサヴィル・ロウに関する書籍を読みあさったり、いつかはサヴィル・ロウでビスポークをしたい、そんな夢を抱いておりました。
 
しかし、紳士服発祥の地であるとされる英国発の産業革命によって、手縫いの文化は徐々にその姿を消し、マシンで大量生産をされた服にとって代わられてしまったことは、皆様ご存じの通りです。
 
そして今は、ス・ミズーラ(ビスポーク)と言えば、一部の服好きだけが楽しむと言う嗜好品として残るのみ・・・。
 
くしくも昨今のメンズクロージングの世界におきましては、クラシックと言う言葉がキーワードです。ただ、個人的に思っている事は、この世界(職人が手掛けた手縫いのスーツ)は「トレンド(ファッション)」ではなく、一つの「スタイル」として存在していると言うことです。
 
Sartoria Sharonは、そんな嗜好品としての手縫いのスーツを、もう1度、リアルクローズとしての世界に押し上げることが出来る可能性を秘めている、と個人的には思っています。
 
手縫いであれば良いわけではありません。スーツの構造をしっかりと理解している職人がパターンを引き、手縫いの良さを感じることができる良質な芯材を、適切な方法で、適切な箇所に用いて、高い技術を持った職人がそれを縫い上げる。
 
職人が手掛けたものだから、残るわけではありません。
 
希少性が高いから、残るわけでもありません。
 
それが、本当に良いものだから、残るのです。
 
「手縫い文化の伝道師」
 
手縫いのアイテムに魅了された私が、Sartoria Sharonに期待することです。手縫いのスーツに初めて袖を通される方は、その軽さ、心地良さ、柔らかさに驚くことと思います。最高のスーツは、決して堅苦しいものではないからです。
 
手縫いのスーツを未経験の方は是非。
既にご経験のある方も是非。
 
Sartoria Sharonはきっと、新たな手縫い文化(スタイル)の世界へと、皆様を誘ってくれるのではないでしょうか。

F1ドライバーのアクセル技術と着こなし(後編):神は細部に宿る

こんにちは!
rm55です。
 
本日は、「F1ドライバーのアクセル技術と着こなし:神は細部に宿る」と言うテーマの後編をお送りしたいと思います。
 
前編では、73億人いる世界人口の中でも、F1グランプリに出場できるF1ドライバーは世界でもたった20~25人程度と言う、凄まじいほどの狭き門であることを記述致しました。
 
そして、身体能力において人類の中でもある意味トップレベルに位置するであろうF1ドライバーは、一般人が3段階位で操作するアクセルを、mm単位で踏み分け、数十段階にも及ぶ繊細なアクセルワークを駆使してF1マシンを操作していますよと。まさに、そんな細部に勝利の神が宿っているのかもしれませんね、と言うことでした。
 
個人的にはそのような話を聞いた際に、細部にこだわってアイテムを使い分ける(mm単位でアクセルを踏み分ける)と言う点で、「着こなし」にも通じるところがあるのでは!?と感じたのです。
 
例えば私の個人ブログで購入をご紹介したジ・イングレーゼのシーアイランドコットンのシャツ。コットン界の!?頂点に立つシーアイランドコットンは、シルクにも劣らない輝きとしなやかさ、心地よさで体を包み込んでくれるわけですが、このシャツのポテンシャルを十分生かすには、その生地にあった(バランスした)ジャケットやパンツを合わせる必要があると考えております。
 
私が所有するトルソーにジ・イングレーゼのシャツを着せ、その上にウォッシュのかかったジャケットを着せて撮影しますと、大きな違和感があるのです。ちょっと極端な例ですが、シーアイランドコットンのシャツに合わせるジャケットは、高番手のウールやシルク、カシミアなどの上質な素材を使っていないとアンバランスになってしまう、と感じるのです。
 
そして、これは素材だけでは無いですね。手縫いのジャケットには、やっぱり柔らかい表情を持った手縫いのシャツがあいますし、もしかしたらシャツの襟も接着芯ではなく、フラシ芯の方がよりフィットするのかもしれません。
 
更に、同じ手縫いのジャケットであっても、ダルクォーレのようにインターナショナルな雰囲気を持つジャケットと、アルフォンソ・シリカのようにいかにもナポリらしい柔らかい表情を持つジャケットでは、合わせるシャツや、ネクタイの雰囲気も変えるべきなのかもしれません。
 
もちろん柔らかいアイテムだけでまとめるだけではなく、あえて構築的なアイテムの中に柔らかい表情のアイテムを持ってくる着こなしもあるでしょう。ポイントは、そう言った細部にこだわり、自分なりの目的、意図を明確にを持ってアイテムを使い分ける、と言うことなんだと思っております。
 
F1ドライバーが、状況によってアクセルを十数段階で「踏み分ける」ように、着こなしも素材や雰囲気、また外的環境である天候やTPOにあわせ、自分なりの目的や意図を持って「着分ける」。これこそ、エレガントな着こなしに続く道なのかもしれないと今は考えております。
 
ある人が言いました。
 
「ワードローブを開けると、ネイビーのスーツがずらりと並ぶ。奥さんから、同じのばっかりね、と言われ、いやいや、全部違うんだよ。と言いながら今日のネイビーのスーツを選ぶのが、男の服の楽しみ方だ。」
 
一見同じように見えるネイビーを、その日の天候やTPO、気分、そしてその日に着用するシャツやネクタイ、靴に合わせて「着分ける」。そんなワードローブをつくりあげたいですし、そんな着こなしができる大人になりたいと思っています。

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