JOURNAL ジャーナル

Think elegant!

The nobelest art is that of making others happy.

皆さま、こんにちは。

大変御無沙汰しております、、、rm55です。

約1年ぶり!?になってしまいましたが、久しぶりにThink elegant!を更新してみたいと思います。それでは、早速まいりましょう。

久しぶりとなる本日のテーマは「The nobelest art is that of making others happy.」。

直訳しますと「最も高貴(崇高)な芸術とは、人を幸せにすることだ」となりますね。もちろん私の言葉ではなく、フィニアス・テイラー・バーナム(P.T.バーナム)氏のお言葉です。

P.T.バーナム氏とは誰なんだ!?と言う方もいらっしゃるかもしれませんが、アメリカ合衆国の興行師であり、サーカスを設立したことで有名な御方です。

映画が好きな方であれば、ヒュー・ジャックマンがP.T.バーナムを演じたミュージカル映画である「グレイテスト・ショーマン」(The Greatest Showman)を見て初めて知ったと言う方もいらっしゃるでしょう。

私もグレイテスト・ショーマンを見て初めてP.T.バーナム氏を知り、本日のタイトルでもある「The nobelest art is that of making others happy.」と言う言葉を知った人間の1人です。

映画の内容につきましては直接ご覧になって頂いた方が良いかと思うのですが、個人的には本日のタイトルに使わせて頂いた「The nobelest art is that of making others happy.」と言う言葉がとても強く心に残っております。

世の中にはアートに限らず、様々なモノやコトに「序列」であったり、「評価」と言うものが存在します。

それらは必ずしも物事を正しく表現しているわけではない場合もありますが、”最高”が存在すれば”最低”が存在し、”崇高”が存在すれば”低俗”が存在するわけです。

私自身も大変お恥ずかしいことですが、服の世界、とりわけ最近好んで着ている職人による手縫いの服に興味を持ち始めた当初は、何が最高の服なのか、誰が最良の技術を持っているのか、崇高なスタイルとは何なのか!?と言う業界的な「序列」や「評価」に意識が囚われすぎてしまっていたように思います。

それでも日々好きな服を着て対話をし続け!?、服を作る職人さんや服を扱う方々、そして服を愛する仲間たちとのコミュニケーションを重ねる中で今時点で思うことは、自分自身が着ていて気持ちが良い、心地が良い服。ドキドキしたり、ワクワク出来る服。それこそが自分にとって最高の服であると考えるようになりました。

服のブランドや生産手法、仕立ての技術や素材のグレード。そう言ったことも1つの要素にはなり得るとは思うのですが、一番重要なのは、やっぱり自分自身が着ていて幸せになれる服。そして自分の周りの方も自然と笑顔になれる服こそ、最高の服なのかもしれません。

「The noblest clothes are that of making others happy.」

さて、皆さんにとって最高の服とはどんな服ですか!?

美しいということ

こんにちは!
ちょっとご無沙汰してしまいました、と言うご挨拶が枕詞のようになってしまっているrm55です。

本日は私がビジネスマンとしてリスペクトしている方からご紹介頂いた映画を見た感想!?を踏まえて、「美しいということ」と言うテーマでお送りしたいと思います。

さて、先日「海賊とよばれた男」と言う映画を見ました。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、現在は石油の精製・販売などを行っている出光興産創業者の出光佐三氏をモデルとした、放送作家であり小説家である百田尚樹氏による歴史経済小説をベースにした映画です。

ご興味のある方の為に詳細は書きませんが、戦後日本の復興のために、従業員とともに産業の元となるエネルギーである石油と言う分野で尽力した方の人生を描いております。

このお盆に少し自分の時間が取れたこともあって1人で見たのですが、お恥ずかしながら号泣しながら見ました。(ちょっと大袈裟ですが・・・笑)

「一所懸命」とは、今で言うところの「一生懸命」であり、その昔、武士が先祖伝来の所領を命がけで守ったことに由来していると言いますが、まさに戦後の焼け野原から立ちあがろうとする日本のために、その復興における血液とも言える石油を命がけで確保したと言うお話なわけです。

この映画を見てものすごく強く感じたことが個人的には2つあります。

一つ目は、「一生懸命働くことの尊さと美しさ」であり、2つ目は「今の日本を命がけで作り上げてきた諸先輩方への敬意と感謝の念」です。

私自身ビジネスマンとして日々大部分の時間を過ごしており、それなりに自身に課せられた課題や役割をこなしているつもりではあったのですが、ともすると目先の利益にとらわれていないか!?誰かの役に立つために、本気で、一生懸命仕事に取り組めているのか!?と言う課題意識を強く感じたわけです。

今は諸先輩方の努力の甲斐もあり(凄く偉そうですが・・・)、命がけで仕事をすると言う状況ではない方がほとんどだと思います。

それでも、戦中、戦後直後は命をかけて、またこの日本と言う国の為に命がけで自分の人生を捧げた方々がいらっしゃったのは事実だと思います。

自分の利益の為ではなく、誰かのために一生懸命に何かをやる抜くことは本当に尊く、美しいことである。

私は服が大好きです。いや、愛していると言っても過言ではありません。そんな私が現在惹かれている服の一つに、手縫いの服があります。

これまでは「機械ではなく、人による手縫い」と言う生産工程にこそ、「美しさの源泉がある」と言う仮説を持っていたわけですが、今回の映画を見て、少し考え方が変わったかもしれません。

それは、その商品が自分の手に届けられる間に、誰かが一生懸命に頑張っている、そう言う人の熱量が商品の(私にとっての)魅力度に影響しているのかもしれない、と。

機械か手縫いか、と言うのは1つの要素であり、それが美しさを決める要因の唯一全てではないのかもしれないと言うことですね。

ま、こんな熱い!?ことを恥ずかしげもなく書いてしまうあたりにも自分の未熟さと稚拙さを感じなくもないですが、「美しいこと」の裏側には、「人の努力」があり、「一生懸命に頑張っている人がいる」と今は考えております。

さて、皆さんが感じる「美しいこと」の裏側には、何がありますか!?

 

 

目的(理由)があるものは美しい

こんにちは!
ちょっとご無沙汰してしまいました、rm55です。

本日は、「目的(理由)があるものは美しい」と言うテーマでお送りしたいと思います。

先日、とある分野に精通していらっしゃる大学教授の方の講演を拝聴する機会があったのですが、その方が仰っていた言葉がとても印象的でした。

『私はデザイナーが作ったものは好きではないのだけれど、職人が作ったものは好き』

と、そんなお言葉でした。その理由は、

『デザイナーはデザインありきでデザインを起こす人が多いので、デザインに無理が生じることがある一方、職人はその製造・生産工程を前提としたデザインを起こすために製造技術が生かされたデザインとなり、結果的にデザインに無理がでない。』

そんな趣旨の内容だったと思います。

実際にとある日本の伝統的なモノを例にして、デザイナーが作ったものと職人が作ったものとを見比べてみたのですが、素人の私であっても「なるほど!」と理解できるくらいの“違い”がございました。

もちろん語弊のないように補足しておきますと、その教授は決してデザイナー批判をしたいわけではないですし、デザイナーの方でも製造・生産工程を熟知した上で、その生産技術を生かした無理のないデザインをされる方も存在する旨、お話されていらっしゃいました。

このお話をそのまま洋服、とりわけメンズファッションの代表的なアイテムであるスーツに当てはめて考えて良いのかどうかは分かり兼ねますが、個人的には「当てはめてみた」としてもしっくりくる気が致しました。

職人技術と言うのは一般的には1代で出来上がる物ではなく、先人の知恵と経験が詰まって、何代も引き継がれていくものですよね。そして、その技術はそうすべき理由、つまり目的があるからしっかりと後世に引き継がれているのであり、必ず意味があるわけです。

職人が起こしたデザインの裏側には、製造・生産工程における制約があり、そうなる目的や理由が必ず存在する。そして個人的には、

「目的(理由)があるものは美しい」

と思うわけであります。

先人の汗と苦労の結晶である技術的基礎の上に、その職人ならではの美意識やその方の技術的制約を踏まえて成り立っているのが、ス・ミズーラ(ビスポーク)のスーツなのではないかと思います。

私が手縫いのスーツやジャケットに惹かれる理由。それはステッチの美しさとかイセ込の量の多さとか、それこそ手縫いだからと言うよりも、もしかしたら「目的や制約の上に存在しているからこそ持ちうる美しさ」に魅力を感じているのかもしれない、そんな風に感じたのでした。

さて、皆さんはどのようにお考えになられますか!?

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